TOP安倍文殊院紹介略史

650 B.C.神武元

日本、神武天皇即位紀元

156 B.C.孝元

安倍氏の祖、大彦命生まれる。(日本書紀)

78 B.C.景行8

インド、サカ紀元

景行天皇、安部氏木事の女、高田媛を娶り、武国疑を生む。

507継体元

継体天皇、磐余玉穂宮を造る、妃に阿部波延比売とある。(日本書紀)

593推古元

聖徳太子摂政となる。

安倍氏、四天王寺に金仏像を献ず。

601推古9

聖徳太子、斑鳩宮を造る。

612推古20

百済人味摩え帰化、呉の伎楽舞を伝う。

聖徳太子、安倍の地に土舞台を造る。

639舒明2

百済大寺の建立にかかる。

安倍倉梯麻呂、百済大寺の造寺司となる。

645大化元

大化の改新

安倍家の太祖、安倍倉梯麻呂(内麻呂)、初代左大臣となる。安倍倉梯麻呂、安倍寺を建立。

648大化4

安倍倉梯麻呂、仏像四躯を四天王寺塔に安置。

649大化5

安倍倉梯麻呂没す。(3月17日)

658斉明4

安倍比羅夫蝦夷を討つ。

667斉明6

大津京遷都

698文武2

安倍仲麻呂生まれる。

710和銅3

平城京遷都

716霊亀2

遣唐使多事県守,遣唐留学生安倍仲麻呂、吉備真備随行。

735天平6

吉備真備、唐にて安倍仲麻呂より暦書等を託される。

736天平8

安倍継麻呂、遣新羅大使として渡る。この年大般若経の写経が納経される。(現・重要文化財)

753天平25

仲麻呂・鑑真と共に日本へ向け出発。

755天平27

仲麻呂船の難破により長安へ戻る。

763天平宝字7

鑑真没す

770宝亀元

安倍仲麻呂唐にて客死。(没年72歳)

794延暦13

平安京遷都.桓武帝京都に都を移す。

921延喜21

安倍晴明生まれる。

986寛和2

安倍晴明、星を見て花山天皇の退位を知る。

1005寛弘2

安倍晴明没す。9月26日(没年85歳)

1173承安3

興福寺衆徒多武峯発向全山を焼く。

安倍寺多武峯発向に参戦。

1185文治元

平氏滅亡する。源頼朝全国に守護地頭職を置く。

安倍寺崇敬寺全山焼失。

1192建久3

鎌倉幕府開く。

1203建仁3

快慶仏師により文殊菩薩像が造られる。

1220承久2

文殊菩薩開眼法要を行う。

1234文暦元

安倍寺崇敬寺を安倍別所に移転統合する。

1333元弘3

足利尊氏挙兵、北条氏滅亡、鎌倉幕府滅びる。
天皇帰京

1336延元元

足利尊氏、室町幕府を開く。

1392明徳3

南北朝統一なる。

1410應永17

当山に残る寺宝の鰐口に銘記。

1413應永20

足利義持公、安倍寺に3600石を付与する。

1496明応5

三条実隆安倍寺へ参詣「実隆公記」に記す。

1543天文12

多武峯の衆徒、安倍寺へ発向し、堂舎を焼払う。

1565永禄8

松永久秀多武峯を攻めるも敗れる。

松永久秀安倍寺を攻め、全山焼失する。文殊堂内の維摩居士、獅子像を焼失する。

1573元亀4

室町幕府滅亡。

1602慶長7

徳川幕府より五石の御朱印を受ける。

1603慶長8

徳川家康征夷大将軍となり、江戸幕府を開く。

1665寛文5

文殊堂と礼堂を再建する。(現在の本堂)

1674延宝2

本堂落慶法要を厳修する。

1753宝暦4

安倍晴明公750回忌を当山にて厳修する。

1791寛政3

大和名所図絵に「安倍文殊堂」とある。

1793寛政5

「安倍晴明堂」「くずは稲荷」が建立される。

1854嘉永7

安倍晴明公850回忌を当山にて厳修する。

1859安政6

晴明公ゆかりの安倍一族の「土御門家」より、晴明社に対して石灯籠の寄進を受ける。

1867慶応3

徳川幕府が崩壊する。

1868明治元

明治政府が誕生。
神仏分離判然令が発令される。

安倍寺の寺領没収される。安倍文殊院に改称する。
多武峯より丈六の釈迦三尊他多数の仏像を引き取る。三輪大御輪寺より、客殿を引移する。

1941昭和16

第二次世界大戦始まる。

境内に「文殊池」を造る。

1960昭和35

客殿五台閣落成。

1967昭和42

「昭和の大営繕事業」を発願し着手。

1973昭和48

大収蔵庫及び境内整備を完了。落慶法要を厳修する。

1981昭和56

客殿五台閣新館落成。

1982昭和57

十一面観音菩薩を建立。

1985昭和60

仲麻呂堂(金閣浮御堂)完成。

1987昭和62

不動堂(護摩堂)落慶。

1998平成10

「平成の大改修事業」を発願し着手。本堂、庫裏の屋根瓦の全面葺き替えをする。

1999平成11

「平成の大改修事業」の落慶法要を厳修。

2000平成12

「安倍晴明堂」を建立。